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nisemono_sanの日記

2013-07-03

再掲 -- 裏声で歌え浜崎あゆみ 08:24

僕たちの思い違いをしている『恋空

携帯小説として爆発的な人気を誇った『恋空』。多くの人々が批評を書いていたが、たいがいの場合は、そのストーリーにおけるリアリティの無さにたいする突っ込みだったように思う。たとえば、「レイプシーン」であったり「妊娠シーン」におけるリアリティの無さ。確かにそれらのシーンにリアリティはない。僕が携帯電話で確認した限りではレイプシーンは1pにも及ばなかったからだ。しかし、僕は実際に読んで勘違いしていると思ったのは、おそらくこれらの読者にとって、「レイプシーン」がリアリティのあるものとしてあると到底思えなかった。僕ですら、「レイプ」というものがどれだけリアリティがあるものかは分からない。それは、ファイナルファンタジーにおいて登場人物が死ぬくらいの「リアリティ」しかない。にも、関わらずそれらは支持された。

問題は、おそらく「レイプ」やら「妊娠」というところにあるのではない。それらの描写の緻密さを持ってきて「この小娘は何も理解していない」と絶叫するたびに、僕たちもそれを理解することはできなくなっている。問題はその描写がはらむ全体的な構造としての意味だ。

男は果たして信頼できるだろうか?という問い

先に結論として出しておくとするならば、あまりにも陳腐な問いだ。この小説の裏側に存在している問いは、《男は果たして信頼できるだろうか?》という問いだ。というのも、この小説における主人公はまず最初の判断材料として「軽いか否か」を持ち出してくる。「軽い」ということは、皆さんもご存知の通り、「ほかの女子に対して簡単に言い寄るか否か」である。たとえば、合コンに出てきたときや、初対面の男子に対して容赦なく主人公は「軽い」という言葉を出す。簡単に言ってしまえば、「軽い」ということは、その男性が信頼ならないことをさしている。

もちろん、《男は果たして信頼できるだろうか?》という問いには前提条件がついている。それは言ってしまえば《信頼に値するほどの男子》として、その男性が《イケメンである》という前提条件がついていることは疑い得ない。なぜならば、《信頼に値するほどの男子ではない》ならば、《信頼するかどうか》などということは意味がない。たとえば、主人公の前に現れる男子がブサイクだったらどうだろうか?そもそもそういう人間は《信頼に値する》以前に眼中には無いが、そこは娯楽小説のいわば都合の良さであるが故に、ほっといておこう。問題は《男は信頼ができるかどうか》だ。

果たして、私たちが何かを《信頼できるかどうか?》を図る基準はなんだろうか?簡単に言ってしまえば何かの障害にあたったときに、その障害を乗り越えられるかどうかが信頼度のカギになってくる。逆に言ってしまえば、信頼が無ければ障害を前にして、そこから撤退するようになるだろう。そのように考えるならば、レイプおよび妊娠というギミックは《この男は信頼できるか?》という問いに適している。実際に、恋空において、レイプにおいて絶対に被害者を見つけ出すといきがる部分であったり、妊娠した際に対して両親に説得してまわったりする、主人公の彼氏が出てくる。また、堕胎したときに、水子供養に欠かさずやってくる主人公の彼氏などの存在がそれを際立たせている。

決定的な傷を受けることができないということ

さて、このように述べたときに、私たちは『恋空』の不愉快さも取り出さなくてはならない。《男を果たして信頼できるだろうか?》という問いはそもそも《自らを果たして信頼できるか?》という問いに転換させることができるだろうか?と問いをついにしてみよう。実際に、もし何かしらに対して信頼できるか?という問いをする以上、自らの信頼の度合いに対してもまた問いをしなければならない。しかし、『恋空』をよく読んでみれば、その問いが良くも悪くもリアリティを保っているということだ。どういうことか?

自分自身、恋空において、非常に不愉快な気持ちになったエピソードがある。主人公の彼氏と口論をしてしまったときにいいよってきた主人公の男友達がいる。その男友達に対して嫉妬した主人公の彼氏が校内のガラスを割って、その男友達に罪を擦り付けてしまう。そのことで、男友達は中退を余儀なくされる。

『美嘉だよ。わかる?』

『もちろん!何かあったのか?』

『タツヤと話したいって人がいるんだよね…電話かわってもいいかな??』

『おー!いいよ!』

ヒロにPHSを手渡した。

『おぅ』

緊張している様子のヒロ。

『ん?誰だぁ?』

『7組の桜井弘樹。お前を殴ったやつ』

『お~。どうした?』

『あん時悪かった。便所の窓ガラス…あれ割ったの実は俺で…』

ヒロは美嘉に聞こえないよう、

離れた場所で会話をしている。

『知ってる。でも俺気にしてねぇからさ!あの時俺も熱くなりすぎたし』

『俺のせいでごめんな』

『マジ気にすんなって!そのかわり美嘉の事泣かすなよ。泣かしたら奪うからな!まぁそれは冗談として許さねぇから!』

『おぅ、お前いい男だな。マジで悪かった。今美嘉にかわるから』

いや、もうすこし怒るところがあるだろうに、と外から読んでいて思ったし、俺、この「軽さ」こそが理解できなかった。そもそも高校を中退してしまうという事態が、どれほど重いものなのかは俺には検討がつかないが、それでも「重いものだ」ということは理解できる。問題は、このような「重いものだ」ということに対する「決定的な傷」の欠如である。それは恐らくほかの読者からみれば非常にリアリティの無いものに見えるし、ある側面ではリアリティの根っこにすらなりうる。この両面性をちゃんとつかまなくてはならない。

どういうことか?それは彼女が加害者側ではなく、被害者側にいるという非対称性の担保によってこれは行われている。その非対称性の担保は純粋性において、主張されうる。どういうことか?それは恋空において執拗に繰り返される「感謝」という言葉に表れうる。「感謝」というのは、例えば上記のような加害者性が極度の場合においてすら、「感謝」という言葉において流されてしまう。また、妊娠したときに、彼女は両親には何もとがめられず、ただ彼氏が両親を説得するという非対称性にも現れる。俺がよくわからないのは、この場合において、両親のショックとはこの程度なのか?と思う。普通に考えるならば、お互いの両親が責任というものを突きつけあうのではないのだろうか?

リアリティという檻

無理やりまとめてしまおう。僕が思うに『恋空』のリアリティは次のように縮減されうる。すなわち

  • 《男は信頼できるか?》という問いのリアリティ
    • しかし、この《男は信頼できるか?》という問いそのものが自らが《被害者》であり、《純粋》であるという部分から発せられるものである。その理由はあらゆる体験において、圧倒的な傷というものを持たないし、また持ちようも無い
    • このような《被害者性》こそがもうひとつのリアリティになっているという仮説

ここまで形式化してしまうと、彼女たちが持つであろうリアリティというものが何処と無く鮮明になるだろう。そして、そのリアリティが何を見ているのか、自分にはよくわからない。

2013-07-01

ようこそ、《外部》の時代へ 14:43

id:anhedoniaさんが戦後の自殺 - なげなわぐも観察日記にて、面白い結果を乗せている。さらに加えて自殺統計を調べた論文がある。『「アノミー社会学」『社会学評論』vol.55,佐々木洋成,2005,日本社会学会』の論文によると、1990年の地域における自殺者の平均偏差の低まりで面白いのは、東京都周辺のいわば「郊外」の部分のほうが自殺者が少なく、東京都自殺が多くなっている。ここで妄想をたくましくしておくならば、私たちは《外部》の時代に生きているのではないか、といってみよう。

《外部》の時代とはなにか。大澤=見田氏は時代を《夢(理想)》、《虚構》の時代へと別ける。その根拠は《現実》という言葉と何が対義語になっているか、という分析によってである。ここで面白いのは《夢》/《虚構》がひとつの連続性をたもちつつも、不連続性を保っているということである。《夢》も《虚構》も、ひとつの可能世界として存立しているように思われる。もっとありていにいうならば《世界》をひとつの世界ともうひとつの世界として区分されるような、世界として存立する。しかし、その一方で《夢》/《虚構》はまた大きく違う側面を持つ。それは、見田氏の言葉を借りるならば、《彩色》と《脱色》の原理である。《彩色》は「夢から現実を見る」ようなあり方としてある一方で、《脱色》は「現実から夢を見る」原理として成立する*1。実際、《虚構》のよそよそしさ/しらじらしさは、《リアリティー》と呼ぶ現実感らしきもので満たされている。ここで《彩色》を誤解してはならない。見田氏も注意深く述べるように*2、べたべたと鮮やかな色を塗ることは、それに対する感性を失ってしまうのである。そのようにして剥奪された感性こそが、その《虚構》のよそよそおしさを可能にしている。

さて、そのような衒学的解説はここまでにしておいて、一度自殺率が転換を迎えるときがくる。それがちょうど2000年からなのである。そこでは30―69歳の自殺者が一気に増え始めるのである。一番多いのは50-59歳,そして次が60-69歳。現在、景気上は好景気となっている以上、自殺者率も収まるように思われる。ここで興味深いのが、1995年に老人(70際以上)の自殺率が底をつく。これは何を意味しているのか。事実、70歳以上の自殺は、どの歳の人にもくらべて多かったのである。

考えようによっては、我々の《未来》なるものが底を突き始めた時代であるということを意味している。別の言い方をするならば、もはや《未来》に束縛されないあり方として存在しているということができる。従って、若者も急激にではなく、1975年代ごろの自殺率になっている。おそらく並列して面白いデータとしては1996-2000年の「健康本」のベストセラー6冊のうち、「心のもち方」が5冊以上を占めるということである*3。つまり、問題は「こころ」の中にあるというわけである。

これをいわば《心理学化》と揶揄するのはたやすい。しかし、問題なのは、内面(うち!)の関係として処理されているという事実である。そして、現実とはなにはともあれそのような《内部》として形成されているというわけである。例えば、先ほどの《夢》/《虚構》の枠組を取り入れつつ、次のように結論付ける評論もある。

学校は、共通の社会化の場として共有された意味空間から、用意された選択肢の中から手軽な選択を繰り返す場のひとつとして、市場化の中に包摂されていくことになるのである。教育における市場化と個人化の進展は、そのめざすところとは別に教育の意味も個人の選択も曖昧化していく。それに伴って学校の「現実」は、参照されるべき「反現実」を喪失しつつ、短期的な目標に対して合理的にふるまうことによって維持される曖昧で不安定な空間になっていると思われるのである。*4

この結論を私は支持したい。しかし、それは次の保留によってである。それは、参照されるべき「反現実」が存在しないのは、それが内部からはやってくるものではなく、外部から唐突にやってくるものだからであると。即ち、《夢》も《虚構》もひとつの内面世界において存立する。しかし、現実の現実らしき核はその内部からはやってこないだろう。大澤氏が不可能性と述べるとき、東氏が動物と述べるとき、あるいは木原氏が現実の時代と述べるとき(→500 Internal Server Error)、それぞれに共通して言えるのは、おそらくはもはや《現実》をこれだと名指しするものが存在しないということであろう。実際に、大澤真幸氏はあちらこちらのメディアにおいて「選択をなしても『これではない』という倦怠感のみがつきまとっている」と指摘している*5。欲望はそこには存在しないのである。

なぜ《現実》の対照が存在しないように見えるのか。それは決して《現実》が多様化されているからではない。もし《現実》が多様化されていても、実際にそれを生産している《世界》は存在しているのだから。だから、問題は《世界》から《現実》と《夢》/《虚構》に分岐する枠ではない。むしろ、そのような分岐を生むものへの問いが現れているのである。例えば、考えようによってはなぜ「マトリックス」なのか。なぜ「ハルヒ」なのか。なぜ佐藤友哉なのか――それは単純に我々が《現実》の外へ抜けられないという認識を共有しているからだ!(もし《外部》に抜け出せたら意思疎通など簡単だったかもしれない!)

そう、我々が生きている世界での現実とは、もう《外部》にしか存在していない。《外部》は《外部》であるが故に、《内部》には消極的に示されるしかないのであるし、《外部》が果たして本当に存在するのか、という懐疑だって行えるのである。先ほどの《彩色》/《脱色》の言葉を使うならば、《外部》の時代は、まさに《無色》なのである。しかし、その懐疑が存在している以上、《外部》は存在していなければならない。あれほどデカルトが懐疑しても《神》が出てきてしまうのと同様にである。そして、それはおそらく《内破》でしかありえない。《外部》はもっとみじめかもしれないし、もっとゆたかもしれない。しかし、きっと豊かだと信じる。

ようこそ、《外部》の時代へ。

*1:『気流の鳴る音』,真木 悠介,2003,筑摩書房

*2:『社会学入門』,見田宗介,2006,岩波新書

*3:「戦後日本の健康至上主義」『社会学評論』vol.55,野村佳絵子;黒田浩一郎,2005

*4:「市場化する社会における子どもと学校空間の変容」,稲垣恭子,2004,『社会学評論vol54』

*5:例えば、『群像』2006年における保坂氏との対談(『自由』の盲点)を参照

2010-10-06

アンダーグラウンド・コネクション――MADの歴史(中編・3) 12:12

機材と言う親密さ

MADの歴史が、少なくとも「ポップカルチャー」と無縁では無いのならば、私達は他のジャンルからも平行した歴史が編めるはずである。

まず一つにMADの歴史が、例えばラジカセ、ビデオデッキ、コンピューターという「機材」という道具の歴史と、それが内包する録音/録画技術と無縁ではないことを確認した。そして、それらは、いわば「サンプリング」を多用し始めるエレクトロ・ミュージックと無縁ではない。また、MADの持つ視線そのものが、「大衆的」なメディアの享受と結びついているということが問題であることは間違いない。MADの歴史的には七十八年頃に既に最初の「MAD」が発生する事態から、さらには八十六年に「とらけっと」等のMAD動画が誕生すると言った経緯は、当時「テクノポップ」と言われていたYMOと、ナゴムに所属していた「空手バカボン」や、電気グルーヴの前身とでも呼べるべき「人生」というバンドの歴史と並列して語ることが出来るだろう*1

古典的な音楽を何かしらの形でカバーするということ自体はそれほど珍しいことではないとは推測するものの、しかしシンセサイザーが持つ響きは恐らく今までの楽器とは持ちうる快楽とはまた別様の感覚を持っていた筈だ。例えば八〇年代においてはYMOに対して、平沢進率いるP-MODELや、巻上公一によるヒカシューなどがデビューしていたが、彼らが相対的には文化的資本が高かったこと(つまり、何処かインテリっぽかった)は、覚えていても悪くは無い。それはYMOヒカシューが「民俗音楽」を意識したり、P-MODELが技術に対して意識的であったことと関連している。もちろん、それはシンセサイザーが高価であり、それを手に入れるようとすること、あるいは手に入れられることが出来るのは一種のハイ・カルチャー所属の人間であったこととは無縁ではないかもしれない。

しかし、YMOライディーンがパチンコ屋でかかる位に有名になり始めると、むしろこれらの「ハイカルチャー性」が削ぎ落とされ、むしろ「ポップ」な、あるいはもっと言うならば「スカム」的な表現へと行き着くだろう。「スカム」というのは「クソ」ということである。既にその「スカム性」については、一九九五年に山本精一スタジオボイスにおいて言及している*2が、註の参考文献において書かれているように、その土壌を作ったのがその当時にスターリンINUなどを生み出したパンクムーブメントである可能性は大きいだろう。多くの作品がその洗練された故に表舞台に出てくるのに対して、むしろ圧倒的に洗練されない「アンダーグラウンド」な音が多く存在していた筈である。むしろその洗練のされなさ、圧倒的なバカバカしさへの意思が働き始める。もちろん、それを語るためには前史としてのコミックバンドの存在(例えば横山ホットブラザーズであったり、ドリフターズであったり)もあるが、しかし後に現れるのは、コミックバンドが持ちうるユーモアというよりも、むしろシニカルさだ。

MAD史において、なぜわざわざ「テクノポップ」の言及が必要なのかと言えば、繰り返されたように「機材」の歴史との関わりにおいて、参考になる部分が多いからだ。ある技術が誕生し、その技術が使えるようになる機材/パッケージが生まれた当初は、むしろそれが「高級なモノ」として現れるが、それが大衆化するにつれて、むしろその洗練のされなさこそが「ポップ」なものとして現れると言う平行関係がそこにはある。そして、もっと重要なのは、その「洗練のされなさ」こそが面白さ=ポップさを持つという視野が誕生するということである。MADも同様に「洗練のされなさ」=切り貼りということこそがその意思として大きく重要になる筈だろう(だからこそ「スカム」も語らなければならない)。

実際に、例えば「空手バカボン」において一九八三年に発売されたEPに収録されている「あの素晴らしい愛をもう一度」を聴くとわかるように、その奇声やシンセのチープさという戯画的な意向、また「人生」における「オールナイトロング」(一九八六年)はその歌詞の下品さなどを考えるならば、それらが如何に「くだらないもの」として洗練させていく意思が見えるのかが理解出来る。八〇年代において、恐らく発掘された感性というのは、MADにしろ、テクノポップにしろ、「くだらなさ」への意思であり、それが「ポップ」であるということだろう。そして、それは「機材」という誕生、マスメディアが持つ「ポップ」に対する冷や水という意味でも大切だろう。というのは、「あの素晴らしい愛をもう一度」がフォークソングとして存在感を放っていたことを理解するとわかりやすい(ちなみに、有頂天は後に「心の旅」をカバーする)。

替え歌/あるいは勝手歌詞

少なくともMADの歴史が受け手とのメディアの関係を表現と言う方面から表出してきた総体であることはあるにしろ、そこで必要になるのは「替え歌」というベクトルだろう。確かにカバーというベクトルがその歌詞/曲を”尊重”しながらも、その”尊重”からは逸脱していく。「歌詞/曲」という組み合わせが当たり前に「ポップ・ミュージック」の前提になっていたが、「テクノ」というあり方は、その「歌詞/曲」という関係を切り離し、「曲」だけを演奏する。しかし、「歌詞/曲」という組み合わせが前提になるときに、その曲を聴いていたら「歌詞」が聴こえてきたのかわからないが、勝手に歌詞をつけるというあり方はある筈だ。例えば「空手バカボン」による「来たるべき世界」(一九八八年)は、YMORYDEENという曲に歌詞を付けて歌うということをやっていた。

また、歌謡曲/ポップ・ミュージックというあり方に対して、替え歌の面白さというのが生まれてくる。その当初に作られたMADが「替え歌/一番と二番を適当に歌うちゃんぽん歌詞」だったことを考えるならば、元々そのような面白さというのは発見されていたと推測は出来るが、それが一つの作品として出てくるためには、ある一定の過程を得なければならないだろう。もちろん、替え歌自体は古くからある。その最初を辿るならば『日清ちびっこのどじまん』における「ブルー・シャドー」の替え歌が四方晴美によって歌われる*3というのがある。また、その中で初期の頃に出てきたのは、タモリの『タモリ3 -戦後歌謡史-』(一九八一年)*4だろう。もちろん、それが風刺的な意味を持ち、非常に意識的な高さを持つことが、不幸だったのかどうかはわからないが、それらが怒りを買ったこと*5は間違いない。

そのような替え歌がポップさとアンダーグラウンドさを持っていたことは間違いないのだが、そのポップさが映像と結びついたものを考えるならば、「やまだかつてないテレビ」(1989年 - 1992年)における、KANの「愛は勝つ」(1990年7月25日発売)のパロディである「愛はチキンカツ」だろう。山田邦子パロディ歌詞を歌いながら、その歌詞に合わせて食べ物がカットされたり、あるいはベルトコンベアに運ばれてその食べ物が現れたという演出は、少なくとも以前の「替え歌」というあり方の進化を伺わせる。またそれに並列してタモリ倶楽部において「空耳アワー」の前史である「あなたにも音楽を」(一九九二年)が開始されることを考えるならば、「替え歌」や「空耳」と言うあり方が一つのコンテンツとして認知されてきたことは間違いない。

さらに言うならば、その「コンテンツ」の享受のあり方が、一九八〇年代や一八九〇年代における「お笑いブーム」による土壌があることは間違いない。少なくとも「面白い」ということが「魅力的なことである」という発見を通じなければ、それが許容されることもまた無いだろう。というのも、それが権利関係と同時に剽窃を許容する/容認する/流通する過程があるということもまた事実であろうからだ。そして、「愛はチキンカツ」という映像であり、「空耳アワー」という映像であったり、本来そこに無関係なものが現れるだけで「面白い」という発見は、MADの関係と大きく関係しているだろう。

2010-10-02

アンダーグラウンド・コネクション――MADの歴史(中編・2) 15:31

メディアを読解しようとする意思にMADは宿る

また、別の方面から語ろう。

多くの人々がこの文章を読んださいに、頭に思い浮かぶのが、椹木野衣氏の『シミュレーショニズム』という書籍だろう。この本は、一九九一年に刊行されており、現代美術からハウスミュージックにおいて、盗用/サンプリングの問題を丹念に追った論文である。手元にこの書籍が無いためにこの書籍の内容に詳しく入ることが出来ないが、少なくとも「美術史」的には、既に「サンプリング」という問題が提出されていたということになる。そして、現段階で確認できる事実とは、「オーディオの進化」と共に「クラブ・カルチャー」の発展も同時に起きたということだろう。

クラブ・カルチャーの問題が、その切り貼りを音の気持ちよさ/流れとして作り出していく壮大な紡ぎによるものであるならば、MADの文化はむしろその切り貼りこそが「新しい笑いを生む」という違いはまず指摘できるだろう。そして、それは視聴者に対する「ラジオ/テレビ・リテラシー」の向上と無縁ではない。また同様に、「笑いのリテラシー」もそれなりに熟成される必要性があったと見るのが妥当だ。

そこで関係するのが、恐らくはそのメディアを、一つの規則に乗っ取ったものとして読解する意識の現われが無ければならないということは指摘しなければならない。というより、漫画やSFといった文化圏が、当初からその「メディア」に対する文脈を読み取ると言うリテラシーを持っており、賢い読者ならそれを読み取って笑うと言うことは可能だったと考える。例えば、漫画の文脈で言うならば、手塚治虫が漫画作品のなかで枠を破壊したりして暴れまわるという表現を使用したし、当時はSF作家の一人だと言われた筒井康隆も、一九八一年に『虚人たち』というメタフィクション(自己のジャンルに内在する文法に言及的な作品)を製作していたことを考えるならば、既に「メディア」に対するお約束に対する読解の意識は生まれていたと言ってもいい。

お笑いの文脈でそれを述べるならば、恐らく『オレたちひょうきん族』がそれに値するだろう。同時代に『8時ダョ!全員集合』があったにしても、メディアに対する意識そのものが「笑いになる」という製作が生まれてくるのは、この番組が代表的であるといえるかもしれない。例えば初期のコーナーに「ひょうきんニュース」であったり、あるいは「ひょうきんベストテン」などが組まれるなど、既にメディアの文法を読解し、それをズラすという作業が「笑いに結びつく」ということが、大衆的な習慣に訴えかけられたということを確認するだけでもいいだろう。もっと「おたく側」に引き寄せるならば、八〇年頃にちょうど「ファンロード」や「ジャンプ放送局」を確認するのもいいかもしれない。

もちろん、如何なるメディアであれ、習慣を持ちえなければそのメディアを扱うことは難しい。例えば私達はテレビにおいて、間に広告が挟まることを当たり前のように感じるが、しかしそれもまた「そのようにテレビが構成されている」ということを理解しなければ、番組と番組に挟まれる「映像」の意味を理解することが出来ないだろう。だが、さらにそのメディアを読解し操作するということが、さらなる発展形として笑いに結びつくということを発見したという事態が、恐らく八〇年代のメディアを特徴付けるものでもあると考えることは可能だろう。

もう一つ、関連として指摘しておかなければいけないのが、「クラブ・カルチャー」の切り貼りにしろ、MADの問題にしろ、それを切り貼りされるにさいして何かしらの欲望によって再編成されなければいけないということだろう。例えばクラブ・カルチャーであるならば、踊れる/気持ちいいという流れの形成と不可欠ではない。同様にMADの問題も、なぜMADMADとして開花したのかという問いに答えるならば、まず「笑える」という端的な事実から始めなければならない。そして、その「笑う」という問題に対して切り貼りが有効であるということが確認できなければ意味が無い。そして上記で確認したように、そのように「ズラす」ということが先行事例として「笑いを生む」ということが理解できる以上、それをまた利用しなおすということは間違っていない。そして、もう一つの問題として、その内在性が「クラブカルチャー」の場合は、「音楽」という内部に宿るのに対して、MADはあくまでもそのメディアという枠=外部に宿るというズレも言えるかも知れない。

それはどういうことか。例えばダンスミュージックにおいて、有名なドラムループにAmenというループがある。これはAmen Brothersが叩いたドラムソロの短い間が余りにも気持ちいいために多用されたドラムループの一つであり、Drum'n'bassなどで多用されることがあるが、しかしこのドラムループの存在を知ることが無くても、そのドラムに対して気持ちよさを理解することが可能である。しかし、MADの場合、その笑いどころが「それを知っているが故に面白い」というような、その作品の知名度を前提としている作品も多い。難しいのは、その作品の切り貼りが意味の「解放」という側面よりも、むしろ何かしらの「文法」を象徴するために利用されるケースが多いためなのかもしれない、と著者は推測するが、それは何とも言えない。

おたく」のあり方が、その性質上「メディア」と密接な関わりを持っているのは疑いようが無く、そもそも情報を得る回路が「メディア」という存在と関わっている以上、それは仕方ないことではある。ただ、これ自体に関してはもっと詳細に検討しなければいけない問題ではあるだろう。

このような話をしたのが、一九八六年に製作された十二支団によるえとけっとびでお『とらけっと』が、例えばコマンダー天気予報といったパロディや、あるいは、何度も同じキャラクターが踏みつけられるシーンを挟む、お笑い用語でいうところの「天丼」を利用したり、あるいは太陽にほえろのBGMに合わせてアニメキャラクターが走るシーンを集めたりなどの作品を作っているからだ。少なくともこのような作品が現れるためには、上記のような文脈が必要なのではないか、と考える。

jituzonjituzon2010/10/02 20:33クラブ・カルチャーという面から見ると「MOGRA」の存在を語らずに済ますのは
論として抜けが大きいのではないだろうか。今もMOGRAのust配信を視聴しながら
書いてるがあれこそ現代のMADカルチャーの最先端と呼んで過言ではないだろう。
音楽面においてもヴィジュアル面においても。
アニメ・同人・ゲーム音楽の間に突拍子もない邦楽を挟むという手法は「笑い」を
生むと同時に「謎の感動」をもたらす。それは単なる面白さや解放ではない。
これは私が先日コメントした「救済」ではないのだろうか。
ところで、椹木野衣の『シミュレーショニズム』は私はあまり良書とは思わない。
あれよりは『シミュラークルとシミュレーション』『複製技術時代の芸術作品』を
読み返した方がよほどためになる。古いからといって侮ってはいけない。
まあ似非原は椹木野衣と破滅ラウンジで関係があるからその名を出したのだろうし、
上記の本も読んでいながらあえて彼の本について言及したのだろうが。

ただこの指摘には完全に同意する。
>「笑う」という問題に対して切り貼りが有効であるということが確認できなければ意味が無い。
>そして上記で確認したように、そのように「ズラす」ということが先行事例として
>「笑いを生む」ということが理解できる以上、それをまた利用しなおすということは間違っていない。

nisemono_sannisemono_san2010/10/02 21:32コメントありがとうございます。
えーと、確かに「MOGRA」の存在は大きいのですが、いきなり「MOGRA」を出すことこそ、抜けが大きいというかまさに現状の「MAD」語りが欠落している部分で、そこまでにいたる歴史をちゃんとやらないと不味いですね。まずナードコア/同人音楽界隈があり、Akkyのクレーマー事件における「不謹慎テクノ」の存在とムネオハウス、ロケットマンの「交響曲第4126番「ハトヤ」」などの文脈を抑えつつ、MOGRAに引っ張らないと。
あと、実存さんなら大江健三郎が影響受けたロシア・フォルマリズムの「異化作用」のことが詳しそうだけどどうでしょう。それはMADというのが「耳慣れたものを耳慣れないようにする」という操作を含んでいて、確かに「救済」という主題は面白いのですが、むしろその日常に没落した意味内容を取り出すという意味も引っ張りつつ語らないと「救済」の意味が、それこそブラックボックス化しちゃうのは不味いかなーという気もします。

2010-10-01

アンダーグラウンド・コネクション――第一章・MADの歴史(中編・1) 12:23

個人複製技術から個人編集技術へ

もちろん、そのような録音スイッチのオン/オフというアナログで「原初的な編集技術」があったとしても、同時にコンピューターの存在もまたあったことを忘れてはいけない。そして、以外に軽く見られてしまっているコンピューターに「Amiga」がある。

「えっ、AmigaってそんなMADの歴史で重要なの?」というと、それが結構大有り。一九八七年に「Amiga」は「MOD」というファイル形式を生み出したからだ*1。「MOD」が何かというのを説明するのは少々難しいが、MIDIに音源が入ったファイル形式だと考えるとわかりやすいかと思う。あるいはピストンコラージュとよばれる、音を引き伸ばしたりできる作曲ソフトのお兄さんみたいな存在だと考えるのも、間違ってはいないように思われる。ちなみに、このMOD平沢進も一時期使っていた。

Amigaは、ロゴを入れたりするさいに使われていたという証言があるものの*2、直接的には「MAD」のシーンには余り関係が無い。にしても取り上げるのは、これが「編集」という技術を大きく変化させたからだ。MODはその後の「ナードコア」と呼ばれる音楽シーンを作るのに下支えした。もちろん、ナードコアまでに波及するのにはまだ時間があるものの、「原初的な編集」が「切り貼り」であることから、「素材そのもの」を変化させるという方法がありうるということを示す萌芽みたいなものはあったと思われる。

「再現」への飽くなき欲求

さて、その一方で必ずしも「MAD」とは言えないものの、「再現」という部分からすれば、コンピューター文化で触れなければならない重要な文化シーンが存在する。それはパソコン通信MIDI文化である。パソコン通信はご存知の通り、インターネットのお兄さん的な存在。パソコン通信では、電話回線から通信端末であるモデムを使い、ホストと一対一で接続する。そして接続したときには、基本的にはテキストベースで表示される画面に、コマンドを打ち込むという形によって、掲示板を閲覧したり、あるいはそこに書き込んだりする。一九八六年にNiftyと呼ばれる有料のパソコン通信掲示板が生まれる。しかしパソコン通信は必ずしも会社運営の「有料」のホストだけではなく、有志や同好の間によって「無料のホスト」が運営されていることも多かった。その「無料のホスト」は”草の根”のように現れることから、「草の根BBS」と呼ばれ、その一つに「ゆいNET」*3が存在していた。

なぜこれらの文化において「ゆいNET」が重要なのか。というのも「ゆいNET」がアニメやゲーム音楽を耳コピしたMIDIが大量にアップロードされていた場所でもあったからだ。もちろん、これらの存在は著作権にはグレーゾーンであったことは間違いない。JASRACMIDIに目を付け始め、事件になる二〇〇〇年頃の事件を考えるならば、まだ目を付けられていなかったと推測するが、推測の域を出ない。

それは兎も角として、確かに「MIDI」によってアニメやゲームの音楽が「耳コピ」されていたとして、もう一つ重要な文化というのもまた存在している。それは「MIDI」に付属していた「WRD」というファイルである。「WRD」とはMIMPI*4というソフトウェアが発明したもので、これを使用することにより、歌詞を表示したり、画像を表示することのできるようになる。実際に「WRD」が実装された経緯に関しては不明だが、これによって、アニメのオープニングを再現したりするような「職人」が誕生した。恐らく、「WRD」が実装された経緯は、カラオケの流行や、LDディスクの存在と結びついている*5のはあるだろう。

「再現」と「コンパクト化」という文化

さて、「MAD」の歴史を考える上に置いて――というよりも、コンピューターの歴史自体において――、結果として「意味」をなくしてしまったと思われる文化が一つ存在する。それは「コンパクト化」の歴史である。コンパクト化とは何か、といえば容量を出来るだけ少なくする作業のことを指す。

プログラムの文化にしても、最初はメモリや容量の戦いから、いくら読みにくい、わけのわからないプログラムでも、それがメモリを使わず、容量を使わないで実行できることが良いとされていた。また、MODの歴史にも書かれているように「MEGADEMO」という文化が存在していたのも見逃してはいけない。さまざまなコンピューター、および家庭用ゲーム機(!!)で作られた「MEGADEMO」は、まさにメモリと容量に対する技術力を集めて製作されたものである。簡単に言ってしまえば「この機械で俺の技術ならここまで出来る」ということを追求するための「DEMO」である。そして、その「DEMO」はハッキングであり、あるいはゲーム改造という文化と水脈を共にする。ハードディスクにしても、一九九五年頃に1GBで五万円程度であることを考えるならば、容量を湯水のように使うことは、自殺行為であるとすら言える*6

なぜ、MIDIやWRDという形式が選ばれたのか、といえば、ここに対する要因が存在する。つまり、出来るだけ容量を圧縮しながら、如何に高クオリティの「再現率」を保つのか。現在は既にDVDディスクを複製したとしても、それほど気にならない人が多い時点で、このような「再現」というのが、また別ベクトルを持ち始めたことは記憶に留めるべきだろう。ハードディスクとの戦いが、その当時の限界と技術力で「仕方なく行われた」ことが、今は既にそれが「ノスタルジー」として受け止められるという歴史の過程がある*7。また、当時の回線が非常に弱く、最高でも28.8kbpsくらいの速度でしかなかったことも付け加えておくべきだろう。

このように、コンピューターにおいて「MAD」という表現が一般的になることはまだ先のことではある。容量の関係上、やはりその流通は同好会における上映会、あるいは同人即売会などの経路を辿っていたことは推測が可能だ。だが、同時に「静止画MAD」といわれるような、あるいは近い部分であるならば「Flash文化」の表現に繋がるような可能性が萌芽し始める。

もう一つ、可能性として指摘しておくならば、「MADの想像力」自体がそのコンピューター、あるいは機材の限界と密接に関わっている可能性を指摘しておく。というのは、ある機材の再現性がまだ貧弱である場合、むしろ人々が意識を向けるのは、その機材において音を再現するということ自体に集中されるのに対して(初音ミクの”調教”に関してはこれに当たる)、その「再現性」が十分である場合、むしろそれを加工したり、あるいは変化させるということに重点を置くはずだ、ということである。これに関しては仮説の粋を出ないが、十分に考えられるべきだろう。

MAD的想像力の水脈としてのゲーム文化

しかし「MAD的想像力」と言われるさいに、恐らく重要になるのは、ゲーム改造文化の側面であるだろう。まずオフィシャルに行われた「ゲーム改変」としては、一九八六年に製作された「オールナイトニッポンスーパーマリオ*8を指摘しておきたい。これは当時ニッポン放送任天堂コラボレーションし、クリボー中野サンプラザにしたり、パックンフラワータモリにされたロムであり、リスナー限定でプレゼントされたものが、その評判により公式に販売されるようになった過程を踏んでいる。

ポイントになるのは、決してビデオ文化だけが「映像文化」を担っていたわけではないということであり、既に「ゲーム」というのが同時に新しい「映像文化」として浮上してくる。「MAD」を「切り貼り」とし、そのシュールさを楽しむという考えからすれば、また「ゲーム」という問題が浮上してくるといってもいい。さらに述べるならば、ゲームが他の映像作品と違うのは、ゲームの場合はキャラクターデータが別に格納されており、そのキャラクターデータを改変することによって、まさにシュールな世界観を作り上げるということが可能になる。

また、いわゆるゲームセンター文化における「改造ゲーム」の存在もまた指摘しておきたい。ギャラクシアンスペースインベーダー、あるいはストリートファイター2などの「改造ゲーム」の存在が存在している。これらは、もちろんグレーな領域によって作られ、あるいは他のゲームと差異を作るための、子供だましみたいなものであるとは言えるのだが、ポイントになっているのは、「何かしらのデータが存在するならば、そのデータは改変が出来る」という事実が、既に当たり前のように考えられていたということだろう。

もちろん、この自体が一般的な問題ではない。業務者が改造することと、個人が改造することはかなりの隔たりがあり、個人が勝手に改造するまでには、エミュレーターの普及が必要になってくる。だが、恐らくはここにおいて「如何なるデータも、データである以上改変できる」という理念だろう。そして、この「改変の妙」が表現として面白いと理解される場合、それはゲームの改造ではなく、むしろその表現をなぞるといった「静止画MAD」的なあり方へと結びつく。

日本のゲーム文化が特殊なのは、このような「ゲーム改造」というあり方が、オフィシャルであれ、アンオフィシャルであれ、存在していたということの事実だろう。そして、そのような「節操の無さ」が、私達の表現に対して間接的に影響を及ぼしている、と私は考える。

蛇足・エミュレーターとハックロム

蛇足とはいえ、恐らく今後触れないながらにしろ、重要な問題であることの一つに、「ハックロム」と呼ばれる存在の確認をしなければならないだろう。ハックロムとは、ファミコンスーパーファミコンなどの、家庭用ゲームソフトのカセットから、ゲームソフトバックアップし、そのデータを改変して、ステージを作り直したり、あるいはキャラクターを変更したりするソフトの一群である。自分の記憶によれば、「NESticle」*9というエミュレーターソフトが、その内部で「キャラクターデータ」を改変できるようになっている。開発が二〇〇一年頃からぱったりと止まっているが、既にそのころには多くのハックロムが出回っており、その認知度や改造のしやすさから、スーパーマリオが選ばれることが多かった。

これらハックロムに関しても、元々は「ハックロム」を作ること自体が面白いということになるのだが、解析及びデータの改変、ならびにツールの整備が進むにつれて、一つの「表現」としての選択肢として選ばれていく。現在における「全自動マリオ」などの存在は、むしろ「ハックロム」というあり方の認知と、それに携わる人々の「ツール」との関係によって規定される。私達に圧倒的に足りないのは道具の歴史であり、この道具の歴史こそが私達の表現を変えていっている。

*1:参考:404 Not Found

*2:実際には日本の「MAD」製作においてはMSXのほうが多いという証言もある

*3:参考:ゆいNET - Wikipedia

*4:参考:MIMPIv4

*5:参考:カラオケ歴史年表

*6:参考:教えて!Ziddyちゃん - ハードディスクの歴史について

*7:蛇足ながらに追記すると、プログラミングの歴史自体が、スパゲティプログラム/構造化プログラミングオブジェクト指向という過程において、メモリやCPUが劇的に向上していくパソコンの歴史と平行しており、この関係自体がコンピューターにおける表現の歴史と同様に平行していることは頭の隅に置いておくべきだろう。

*8:参考:http://kikaim.s8.xrea.com/game/ds/annsmb/annsmb-2.htm

*9:参考:Nintendo - NES Emulators - Zophar’s Domain